千代田九条の会
ニューズレター No18(2008.3.28)


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ニューズレター No18(2008.3.28)

<事務局連絡先>千代田区猿楽町1−3−5 久野ビル3階

よびかけ人代表 鍛冶俊秀、隅野隆徳、中川雄一郎

[ 第10回シリーズ学習会 ]

日本の近現代史 その3
 

 「千代田九条の会」主催の第10 回シリーズ学習会は「日本の近現代史 その3」です。
 前回までの近現代史1、2 が好評で、会員の「ぜひ続きを聞きたい」との強い要望を受けて、2008年3 月19 日に開催されました。講師は引き続き明治大学教授の山田朗さんです。
今回は「日本国憲法の制定と9 条が受容された背景」がテーマで、
1、憲法9 条がどのようにできたのかを確認する。
2、憲法9 条を日本人が受容してきた背景(近代日本における日本人の体験)をさぐる。
3、憲法9 条が果たしてきた役割を検討し、これからについて考える。
が報告の目的でした。講演の要旨は以下の通りです。




T  日本国憲法の作成過程
 1945 年8 月にポツダム宣言を受諾して日本は降伏した。その条件としては「日本を民主化する」ことだった。
 幣原喜重郎内閣は憲法問題調査委員会を発足させ「憲法改正要綱」を作ったが、「天皇は至尊にして侵すへからさるものとすること(第3 条改正)」、「天皇は軍を統帥するものとすること(第11 条改正)」などの天皇条項や「臣民権利義務」で戦前の治安維持法を継承する内容の条項など、旧憲法をそのまま引き継ぐような案だった。
 そこでGHQ は、日本政府には民主憲法を創る能力なしと判断し、かねてから民間の憲法草案を研究していたGHQ は、鈴木安蔵らの憲法研究会による「憲法草案要綱」に着目した。
 憲法研究会は、自由民権期の植木枝盛・中江兆民らの民権思想、大正デモクラシー期の三浦銕太郎・石橋湛山の自由主義思想を研究していた。
 憲法研究会の「憲法草案要綱」は国民主権と天皇制を両立させた案で、「天皇制を利用しながらの民主化」を考えていたマッカーサーの意図するところと合致した。
 GHQ 内の民政局はGHQ 案=マッカーサー草案を作成した。9 条の制定については発案者をめぐる2 つの説があるが、幣原喜重郎説はどうも無理があり、マッカーサー説(パリ不戦条約を参考に、GHQ 内で作成した)が有力である。
 GHQ 案を基に政府草案として発表された「憲法改正草案要綱」が、1946 年4 月の総選挙後開かれた帝国議会において審議された。この中でGHQ 案にも政府草案にも無かった「生存権」(第25 条)が盛り込まれた。
 それと9 条“芦田修正”がおこなわれ、後に「自衛権」をめぐる解釈に問題を残すことになったが、当時の吉田内閣は9条について「これは自衛の戦争も放棄したものだ」という見解だった。




U 憲法9条を日本人が受容してきた背景
 日中戦争からアジア太平洋戦争での悲惨な体験から日本人の中で“戦争はもうこりごり”という意識が起こった。
 残虐な加害行為(日中戦争で繰り返された虐殺・虐待・略奪・性暴力)は戦後日本人のトラウマになった。
 悲惨な被害体験(海没、餓死まであった戦場体験。特攻隊・“玉砕"、原爆・都市空襲など)あまりにも人命が粗末にされたことに対する憤り、これらが9条をささえた戦後の日本人の心性になっている。




V 憲法9条が果たしてきた役割
 九条2項の戦力不保持規定の重みは大きい。自衛隊は「戦力」(軍隊)ではない、「戦力」とは「自衛のための最少限度を超えるもの」、自衛隊の任務は「専守防衛」である、とされてきた。
 「戦力」でないことによって武器の質・量、使用法に一定の制約が生じ、軍隊でないことで、海外派兵への制約(携行武器・任務に制限が)がされている。


おわりに---9 条を“ 守る” から“ 生かす” へ
 おわりに、山田先生は9条を“守る”から“生かす”ことの重要性を「9条を生かして、だんだん拡大している軍事力をコントロールし、縮小していくことが大事ではないか」と延べ講演を終わりました。

[参加者から多くの質問がだされました]
 続いて、参加者のみなさんから多くの質問が出されました。今春大学生になると言う女性からは「天皇制が今も続いているが、これからもなくならないのか?」という率直な疑問も出されました。
 先生は「世界の歴史の大きな流れから見ると君主制というのは減っている。
 欧州では露、独、伊でなくなりアジアでも中国、韓国で帝政が終わった。日本は共和主義思想が弱かったが、歴史は王政維持が難しくなっているというのが大きな流れだ」と解明するなど、質問のひとつ一つに丁寧な説明を加え、参加者の認識はより一層深まりました。